人生最初の廃墟探訪は2015年1月4日になります。 兄ちゃんの高校時代の友達である6つ上のポセと今回は
旅をする。
奥多摩駅に到着し、そのままバスで奥多摩湖周辺の郵便局付近で降りそこからひたすら徒歩で目的地へ進む。 途中こんなのが 、、、 田舎はこういう謎なものが多い
から散歩してて楽しい。↓
それにしても冬の奥多摩湖は寒々しいが良い空気だ。 ↑
↓しばらく歩くと錆びた鉄塔を発見
まさにこの上に目的地があったのだ! そしてそこを登ると 、、、
着いた!!凄い、、
奥多摩ロープウェイ山の上の駅の三頭山口駅である。
このロープウェイの駅は奥多摩湖を観光地として持ち上げるために1962年に営業を開始したがわずか4年で閉業してしまったのである。当時片道1200円という鬼畜な値段に
加え、奥多摩湖を横断するだけのそこまで利用価値のない施設だったため経営は苦しかったのが目に見える...。
するとロープウェイ内で人影が!! 出たな!!霊よりも厄介な廃墟名物のうちの一つであるDQNが!と思い戦闘態勢という名の逃走準備的な構えをみせたらモンスターボックスの池谷直樹似のおっさんだった。 どうやら池谷も我らと同じ廃墟好きということですぐに
お互いが同志だと気づき意気投合できた。
小説のような展開で面白すぎた。
池谷は我々とは逆ルートで来て奥多摩湖を跨いだ山の下のロープウェイの廃駅からこちらに来たらしい。 山の下の駅である川野駅はこっちの三頭山口駅とは違い
とにかく入りづらいらしい。閉鎖された廃テニスコートの先にあるため駅に入るにはテニスコート沿いの崖を
渡らないと入れないというかなりリスキーな場所と
聞いた。
それでも私たちは行きたいということでおっさんにテニスコート付近の観光地化失敗の名残が残る軽い廃墟の建物がある場所まで案内してもらいそこで池谷は離脱した。
廃墟の飯屋、廃テニスコート、廃社などを通り過ぎ
崖到着。真下には墓地!冗談じゃねえ!なんとか越えた
その先には
あった!
つ、強い、、
夕方になりようやく奥多摩駅に帰還
駅の側にある有名な要塞工場 廃工のように見えるがバリバリフル
稼働してるからなんか
かっこよかった、あの日はハウルの城って呼んでたな。
最後にこの工場から
延びてるとされる廃線を探そうとしたが日も落ち断念、、
奥多摩の夜はマジで暗いので撤退。
あと奥多摩の人々はなぜかみんな遭遇すると挨拶を
してくれる。不思議な村だとも感じたが、田舎の人たちは暖かいと感じる。本来人はこうでなくてはならないんだなと思えた。
廃墟というのは風化も怖いがやはり人の手によって
解体されてしまうものが大半である。ここが残っている
理由は2つ、ひとつは人の目につかないところに位置してるためわざわざ解体する必要性もないというのと、すでにこの施設の管理者や作った当人達はすでにこの世にいないためどうすることもできないのであった。だがいずれ
ここも消えそうな予感、、
早いうちに行っておいて良かった、、 池谷は今どうしてるんだろう、一期一会というのはとても心に深く残るものであるがやはり寂しいものでもある。
だからロマンなんだと思うが、こういう出会いはこれから先もあるのかな、と思えるような1日でもあった。
さらば奥多摩! 次回はエピソード2 羽村〜多摩湖間廃線跡と多摩湖廃ホテルをお送りします。
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